今回は近年わかってきた遺伝子発現の仕組みであるエピゲノムのついて
親しみのある女王バチを例にして解説していきます。
女王バチになる
ご存知の方も多いがと思いますが
ミツバチの女王バチは最初から女王バチとして生まれてくるわけではありません。
働きバチと女王バチの差はロイヤルゼリーを食べたか否かにあり、
もともともつゲノムは同じなのです。
つまり、ロイヤルゼリーを食べて育つと女王バチになり、
食べずに育つと働きバチになります。
DNA、ゲノム、遺伝子の違い
ここでは予備知識としてDNA、ゲノム、遺伝子の定義を軽く説明します。
既に知っている方は読み飛ばしてくださいね~!
DNA
DNA とはデオキシリボ核酸( Deoxyribonucleic acid)の略称です。
つまり、物質名です。
ゲノム
ゲノム(genome)とは遺伝情報全体という概念のことで、
具体的にはDNAの塩基配列全体をさします。
gen(e):遺伝子
ome:全体
ゲノムは遺伝子領域(3割)と非遺伝子領域(7割)に分けられます。
遺伝子
遺伝子(gene)とはタンパク質またはRNAをつくるための情報を持ったDNAの塩基配列
と定義されます。
生物の体は水分が最も多く、次いでタンパク質が多いです。
これは、生物の体を考えるうえでタンパク質がとても重要であることを意味します。
このことから、タンパク質の設計図部分に特に名前を付けているのです。
これまでの(学校で習う)遺伝子のイメージ
遺伝子がRNAとタンパク質の合成の設計図であることは前節で説明しました。
「設計図」と聞くと、同じ設計図からは必ず同じもの(同じRNA、タンパク質)
が合成されると考えます。
学術的に言い換えると、ゲノムからの遺伝子発現が一定である、となります。
近年の研究で分かってきたこと(エピゲノム)
現在までの考えとは異なり
近年の研究では、「同じ設計図でも異なる結果をもたらすことがある」
つまり、「ゲノムからの遺伝子発現は必ずしも同じにはならない」
ということが明らかになってきたのです。
この「同じ遺伝子が違うタンパク質を合成する」概念を”エピゲノム”といいます。
ゲノムが後天的に本来と異なる働きを獲得することを表す言葉です。
エピゲノムの研究はヒトゲノムの解読が進んだ2000年ごろから盛んになりました。
エピゲノム:epigenome
epi:後の
生物の形質を決定するもの
つまり、生物の形質を決定するのは
- 先天的要因(ゲノム等の遺伝要因)
- 後天的要因
両方であるとわかります。
では、後天的要因は具体的に何なのか説明していきます。
後天的要因とは
端的に言うと後天的要因とは「環境」です。
人間でいえば生活習慣が分かりやすい例かと思います。
女王バチでは「ロイヤルゼリー」のことです。
人体ではがん遺伝子の抑制が期待される分野で
「DNAスイッチ」「エピジェネティクス」と呼ばれます。
これらの要因が、DNAをメチル化し、
メチル化されると転写されにくくなります。
転写されにくいとは、すなわち遺伝子の発現が抑制されることを意味します。
また、上記の環境要因により、
DNAが巻き付いているヒストン(タンパク質)が
アセチル化されると逆に転写が促進(遺伝子が活性化)されます。
後天的要因も受け継がれる
これまでの述べてきたDNAの修飾(メチル化、アセチル化)は、
細胞分裂の際にも受け継がれていきます。
これは親から子へ、子孫へも伝わっていくことを意味します。
女王バチになる(エピゲノムの視点より)
ハチは雌雄両者とも生まれますが、女王バチになるのは雌だけです。
受精卵から雌のハチが生まれるとき、
生殖細胞から発生初期の段階でのDNAは
卵巣形成に関与するDNA領域を含めてほとんどメチル化されていないが
発生の過程でメチル化(遺伝子抑制)されます。
- 卵巣が形成される:女王バチ
- 卵巣が形成されない:働きバチ(雌)
ロイヤルゼリーには、
卵巣形成遺伝子のメチル化(抑制)を回避する仕組みが備わっているのです。
現在は、具体的にはロイヤルゼリーには
DNAをメチル化する酵素の働きを抑制する効果があるためと考えられています。
関連する学問領域
「後天的要因とは」でも少し触れましたが、
今回の内容である”エピゲノム”に関連する学問領域は
- DNAスイッチ
- エピジェネティクス
です。
この分野は「がん遺伝子抑制」で最も期待されており、
遺伝学から医学への応用が将来的に目指されています。
気になった方はご自分でも調べてみると楽しいかと思います。
私の方でも随時最新の科学トピックを更新していきます。
よろしくお願いいたします。
参考文献等
ヒトゲノムマップ 加納圭 京都大学学術出版
概説生物学 島原健三 三共出版
生物の「安定」と「不安定」生命のダイナミクスを探る 浅島誠 NHKBOOKS